2019/08/13

『永遠の0』(百田尚樹)を読んで【高校生用】

 永遠のゼロ。このタイトルを初めて見た時、どんな話なのか私には想像できなかった。
 この物語はある姉弟が特別特攻隊、いわゆる特攻で亡くなった実の祖父、宮部の事を調べ始めるところから始まる。最初は姉に言われて渋々調べ始める弟だが、戦争体験者で宮部の事を知っている人々に会って話を聞くにつれて自ら積極的に調べていく事となる。
 私はこの物語で最も心に残った言葉がある。それは、元特攻隊員で、宮部の生前を知っている人物である武田の言った「死に臨んで、せめて両親には、澄み切った心で死んでいった息子の姿を見せたいという思いがわからんのか!」という言葉だ。特攻に志願した若者が家族へ向けて書いた手紙の多くには「天皇陛下万歳」などといった死ぬ事を喜ぶ様な内容が書かれていたと私は以前聞いた事があった。なぜ自分の親への手紙なのに死にたくない本心を書かなかったのか不思議でならなかった。しかし、この言葉に出会って彼らの心中を垣間見た気がする。彼らは親に自分が死ぬのを恐れている事や嫌がっている事などを知られたくなかったのではないか。親を悲しませたくなかったのではないか。私は実際に特攻隊員として出撃した人達の遺書を読んでみた。そこには「悲しまないで下さい」や「喜んで下さい」など家族に自分の死を悲しまず喜んで欲しいといった内容が多く書かれていた。高校生の私達よりも幼い子が特攻隊員となり、自分の死を受け入れ、せめて親には悲しい思いをさせないようにと本心を押し殺し、手紙を書く健気な姿を考えると私には彼らが幼い子供には思えない。彼らはもう立派な大人であったのではないか。
 この物語で宮部は何度も「生きたい」と言う。この気持ちは人間なら誰しも抱く当たり前のものだと思う。しかし戦時中はこういう気持ちを人前で言う事は決して許されなかった。「生きたい」と素直に言った宮部は臆病者と呼ばれ、皆から軽蔑された。こんなにも当たり前の事を言う事さえも許さない状況においこむ戦争を改めて憎いと思った。
 私には戦争を軍人として経験した八十七歳の曾祖父がいる。戦地で曾祖父は鉄砲で撃たれた為、途中から戦争 に参加できなくなった。その怪我をした八月二十二日には毎年「負傷記念日」と言い、曾祖父は必ず赤飯を食べ祝う。普通なら思い出したくもない日の筈なのになぜ祝うのか。なぜ記念日なのか。私はこの物語を読み、曾祖父の気持ちを考えてみた。もしかすると曾祖父もこの物語の登場人物達と同じ様に生きたいという本心を言えなかった一人ではないか。 戦後も名誉の負傷と言われ、勲章を貰った。だから本心を言えないのではないか。戦後も曾祖父は戦争に縛られているのではないか。こう考えた時、曾祖父も戦時中を懸命に生きた一人であったという事を改めて認識し、この本に会えて良かったと心から思った。
 この物語は戦争を通して「生」について書かれているが、もう一つ「愛」についても書かれている。宮部があんなにも生きる事を望んだ理由は日本に残してきた妻と娘の存在だ。「娘に会うまでは死ねない、妻との約束を守るために」と繰り返し言った宮部は本当に妻と娘を愛していたんだなと感じる。自分の名声よりも家族の為に生きて帰る事を選ぶ事のできる人は殆どいなかったあの時代に当たり前の様にそれをできる宮部を私は尊敬する。
 私にはどうしても分からない事がある。最後の最後で彼は何故他人に生き残りのクジを託したのかという事だ。最初に読んだ時は、部下を見殺しにして自分だけがのうのうと生きる事などできないと思ったからだと考えたが、何度も読み返しているうちにそれだけではない様な気がしてきた。ただ、今の私にはそれを言葉にして表現するだけの経験がないように思う。究極の選択を迫られた時、人は何を思い、何を考えるのだろう。これから私は高校を経て大学、社会人になり、いわゆる社会の荒波にもまれる事となる。そして、沢山の挫折や苦しみ、困難や喜びを体験する事になるだろう。その時、私は何を思うのだろうか。この本の事を忘れてその喜びや悲しみに浸ってしまうのか。そんな時、この本の事を思い出す事ができれば、もう一度この作品を読みたい。もう一度この作品を読む時、私はこの疑問を少しでも解けるだけの大人になっているだろうか。必死で生きていた宮部達の事を理解しようとする気持ちを持ち続けたいと私は今、強く思っている。
 私は戦争はゼロだと思う。ゼロはどんな数字をかけてもゼロである。戦争はその地にある自然、文化、生命、人々の気持ち、今まで築き上げてきた物全てを無、つまりゼロにする。戦争にいかなる理由をつけたって、何度戦争を繰りしたってゼロ。ゼロは永遠にゼロのまま、何も生み出さないのである。

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