2019/08/13

『蹴りたい背中』(綿矢りさ)を読んで【高校生用】

 コミュニケーション能力に自信のない私にとって、まわりに馴染めず、ギスギスした空気の続く孤独な時間は、一種の苦行でありトラウマである。一時そんなことがあったが、余り思い出したくはない。ただ何もできずに部屋の隅で、存在しているのが申し訳ない気持ちで過ごした休み時間の十分間は、永遠のように感じられた。そんな私にとってこの本は、とても共感する部分が多かった。
 この本では高校生の微妙な心情、関係が非常にリアルに描写されている。特に学校の教室内の雰囲気は、自分の学校の様子と比べても違和感がない。いくつかのグループが混在し、近づいたり離れたり、けれど決して交わり合わず牽制し合う、複雑に絡み合った状態。不安定だが、一旦バランスがとれてしまうと中々崩れない。だからこそ、一度そのバランスの輪から外れてしまうと、どうしようもない一人という疎外感と絶望感が襲ってくる。この本の主人公の初実は、そんな孤立した一人だ。彼女はグループでの人付き合いを極端に嫌う。グループ内の和を保とうと躍起になる人の演技に嫌気が差すからだ。けれど私には初実が、その結果訪れる孤独に耐えられていないように見えた。強がって意地を張ってはいるけれど、寂しく苦しい本音が垣間見えて、心が痛んだ。クラスメイトを冷ややかに観察しながら、あえて一人を選んだ風に振る舞う初実が、ひどく痛々しく感じた。
 しかし、私は初実の境遇に同情する一方、彼女に対して疑問を抱いていた。なぜ、彼女はそこまでグループに関わることを嫌うのだろうか、と。確かに、他人に合わせるということが、かなり苦痛に感じることがある。だが私は、人に合わせるときに感じる苦痛より、”独り”の恐怖の方が辛いと感じる。仲間をつくれなかった余り者には、切っ掛けがない限りほとんど救済は望めない。実際に、余り者の初実には、中学校の頃の友達だった絹代を除けば、積極的に関わってくるクラスメイトはいなかった。それはおそらく、余り者に下手に関わって今ある人間関係が壊れるのが怖いからだ。また、変に目立ちたくないという気持ちもあると思う。グループの均衡を保ちたい人にとって和の乱れを生み出す人は異質であり、嫌ったり存在を無視する対象となる。もし、自分がその対象になってしまったらと思うとゾッとする。私には、それでもなおグループより一人を選ぼうとする初実の気持ちが分からないと感じた。
 そんな疑問や反感をもう少し踏み込んで考えると、それは私自身が感じている周囲の和を乱す人に対する嫌悪、また初実と共通する私の弱さに対する嫌悪なのではないか、という事に行き着いた。周囲と同調しながら彼女を嫌い、それでいて彼女に同情して”かわいそう”と見下しているのではないか。彼女のように一人になりたくないから嫌っているのではないか、と。結局は初実のクラスメイトと同じように、弱いものを見下す情けない自分に気付いてショックを受けた。そして、私も弱い立場の人間を、知らないうちに追い込む一人なのだろうか、と考えて怖くなった。初実がグループを嫌うのは、彼女には自分の気持ちを押し殺してでも波風を立てまいと、無難に他人と合わせようとする他人の思惑が透けて見えるためだ。私は初実から見たら、クラスメイトと同じ冷めた目で見られる対象であり、ぬるま湯に浸かっているように見えるだろうと思った。そして、そんなぬるま湯に浸かりたくないというのが、彼女のどうしても譲れない部分なのだろうと感じた。
 そう思う一方、私はやっぱり初実が少々強情すぎるとも思う。私が初実の心情で、分からないと感じた場面に、初実がにな川を蹴りたいと思うシーンがあった。にな川は彼女と同じクラスの余り者だ。初実はにな川が無防備な背中を見せているとき、強く”蹴りたい”と思っている。最初私には、このことが唐突すぎて、理解できなかった。同じ立場の彼を心の奥底で見下してみたいと思ったのか。それとも、にな川へ無意識に寄せる思いの裏返しなのか。様々な心情を思い浮かべた。結局この心情は、彼女の中の寂しさや心の葛藤といったどうしようもない思いが、行き場を失って積み重なり、押さえきれなくなったものなのだろう。蹴りたいという乱暴な欲求は、その心情をどこかへぶつけたい気持ちの表れなのだろう。ずっと揺れ続ける初実の心の内を見て、やはり私は別に一人のままでいる必要はないと感じる。苦しいのなら、もう少し、他人を素直に受け入れてもいいのではないかと、もどかしく思うのだ。
 周囲に流され自分自身を殺すのも、周囲を拒み素直な心を見失うのも、とても寂しい。自分の本当の気持ちを忘れないで、流されることなく人と関わり、ちょうど良い人との距離を探していきたい。まだまだまわりの視線が怖く、自信が持てないが、ゆっくりと私の立つ位置を見極めたいと、そう思う。

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