2019/08/13

『君の膵臓をたべたい』(住野よる)を読んで【高校生用】

 消化酵素を合成し分泌する。それが膵臓の主な役割だ。しかし、ほとんどの人はその役割を知らない。私たちにとって欠かすことの出来ない臓器であるにもかかわらず……。山内桜良はそんな膵臓を患った少女だ。しかし、彼女は病に侵されている膵臓に代わって、辛い毎日を支えてくれる大きな存在に出会う。それが、志賀春樹だった。教室の隅でいつも人ではなく本と向きあっている少年と、友達の輪の中心で笑っているクラスの人気者の少女。そんな正反対の二人が出会ったのは偶然だったように思える。しかし、この出会いは偶然ではなく必然だったのかもしれない。彼らの成長が、彼女の言葉が、私にそう思わせた。
 お皿に盛られたパスタやケーキ。それらは誰が食べても同じ、ただのパスタやケーキにすぎない。それは当たり前のことなのかもしれない。しかし、彼女はそれが「当たり前でなければいけない」ということを私に教えてくれた。
 人間は一日に約七千歩あるき、一回の食事で約六百回食べ物を噛む。このように人生で何度も行う、歩くや噛むなどといった動作についてあなたは考えたことがあるだろうか。健康な人であれば考えたことがないというのが普通だろう。しかし、もしあなたが余命宣告をされたらどうだろうか。目的地へ移動するために歩き、食べるために噛む。健康な時と理由は変わらないはずだが、一歩・一噛みがとても特別なことに感じるだろう。しかし、健康な人と余命宣告をされた人とでは何が違うのだろうか。残された時間だろうか。一日の価値だろうか。私たちは明日は必ず訪れると当然のように思っている。しかし、実際には一秒後を保証されている人すら存在しない。私たちの命のカウントダウンは産まれた瞬間からスタートし、いつゼロになるかは誰もしらないのだ。健康な人と余命宣告をされた人に大きな違いはない。ただ余命宣告をされた人は自分に残された時間の見当がつく、それだけだ。だから、お皿に盛られたケーキやパスタは、誰にとっても人生で最後に食べるケーキやパスタになるかもしれないことに変わりはないのだ。
 しかし、自分では分かっているつもりでも、自分には起こるはずがないと思ってしまうのが人間だ。志賀春樹も山内桜良すらも「余命」という言葉に甘えていた。残された命、それが余命という言葉の意味だ。だから彼女は自分に与えられた時間の中で何がしたいかを考えた。しかし、彼女に告げられた時間の中であっても明日が保証されているわけではない。そのような簡単なことに私たちは気付くことが出来ない。そして、ある残酷な運命が彼らを襲った。
 どうして人は失ってから、失ったものの大切さに気付いてしまうのだろうか。どうしてもう帰ってこない人のために苦しい毎日を過ごさなければならないのだろうか。志賀春樹が山内桜良と待ち合わせをした日、彼のもとに彼女が現れることはなかった。彼女はその日、以前から世間を騒がせていた通り魔事件に巻き込まれ亡くなった。
「人は人の心の中で生き続ける」と言う人がいる。私はこの言葉を信じることが出来なかった。しかし、今ならこの言葉の意味を少しは理解することが出来る気がする。山内桜良を失ってからの志賀春樹は一瞬たりとも彼女のことを忘れたことはないだろう。彼女にとっても彼にとっても、お互いは友達や恋人などのありふれた言葉では言い表せないほど大切で、特別な存在だった。しかし、彼がそれに気付いたのは彼女が亡くなってからだ。
人間は馬鹿な生き物だ。自分は大丈夫という過信から、失うまで身近な人の大切さに気付くことが出来ない。だから失ってから、失ったからこそ、その人の大切さに気付くことが出来る。そして、大切さに気付いてしまったから、失った人のことを思い出して辛くなる。だから人は人の心の中で生き続けるのかもしれない。
「私達は、自分の意思で出会ったんだよ。」という山内桜良の言葉が私は忘れられない。偶然・運命・奇跡。そんな言葉で片付けてしまいそうな出会いを彼女は、「君が今までしてきた選択と、私が今までしてきた選択が、私達を会わせたの。」と志賀春樹に言った。彼らは出会うべくして出会った。毎日の生活の中でお互いがどんな役割を担っているか、彼らは最後まで気付かなかった。しかし、彼らの人生にとってお互いは必要な存在であったということに間違いはない。それだけで彼女の出会うべくして出会ったという考えが正解だったように思える。お互いに大切な存在でありながらその大切さに気付けていない彼らと、人間にとって大切な臓器であるにもかかわらずそのはたらきをあまり知られていない膵臓。彼は彼女の、彼女は彼の、膵臓のようなはたらきをする存在だったのかもしれない。


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