2019/08/13

『人間失格』(太宰治)を読んで【中学生用】

 私は、人生につまずきそうになった時、再びこの本のページをめくるだろう。なぜならきっとこの本が私に新しい希望や感性を与えてくれるような予感がしてならないからだ。
 「人間失格」の主人公、葉蔵は裕福な家庭で育ちながらも極度の人間への恐怖や不安を感じ、無邪気を装い、周囲を欺き続ける孤独な少年時代を送る。成長した葉蔵は女性と自殺未遂をした挙げ句、酒と薬物に溺れ、仕舞いには脳病院へ送られる。そこで葉蔵は、「人間、失格。もはや、自分は、完全に、人間で無くなりました。」
と気付く。
 私は小説を読み終え、本を閉じると、胸の底に暗い虚しさが澱んでいることに気が付いた。こんな気分になるのはあまり好きではない。そして、この本が太宰治自身の自伝なのではないかと疑いたくなるくらいに葉蔵の胸の内が鮮明にまた現実的に描かれている。確かにまるでその本からは彼ら(太宰治と葉蔵)の息づかいが今にも聞こえてくるような気がした。ちまたの小説とは違ったそういう独特な世界観が時代を超えて、人々を魅了してしまうのだろう。
 お金持ちの家に生まれ、恐ろしいほどの美貌を持ち、成績優秀でその上(人工的な)無邪気さのおかげで周囲から人気を博する、いわゆる完璧な、まさに非の打ちどころのない少年、葉蔵。何故このような人間が破滅の道を進むのか。何故「人間、失格。」とまでに自分を蔑むことがあろうか。私には皆目、見当がつかなかった。
 初めはそこに生じたほんの小さな誤差から始まった。その誤差が無数に広がって出来た深く大きな溝に自分自身さえも飲み込まれていった。そして、少年時代の葉蔵はほんの小さな誤差がいくつも重なりあってどこか心が歪だ。「生」における向上心が全く感じられない。しかし、道化(ひょうきん者)を演じている時だけはまるでそれを生き甲斐とでも言わんばかりに活力に満ちている。ひどく悲しいことだと思う。しかし、それは他者に擦り寄って生き、個性を殺す。そういう愚かな人間の悲しいさがなのだ。そう考えると、葉蔵はよほど人間らしいのかもしれない。人間は誰しも道化師である。嫌なことでも笑って首を縦に振らなければならない時も少なからず存在する。葉蔵はそれを罪だと言う。そう思えるくらいに葉蔵とは実直で悲観的な男だったのだと感じた。
 そんな少年時代を過ごしたせいか、成長した葉蔵はすっかり生きることに不器用になっていた。人間や世の中への恐怖と同調して、依存する生活を送る。人生の歯車が次第に狂い始める。しかし、私はこの頃の葉蔵に同情することが出来なかった。心なしか腹立たしさも生まれ、哀れだとも思った。理由は案外簡単なもので葉蔵には現状を打破しようとする推進力が欠けている。まるで流れに任せて泳いでいるだけの水鳥である。水鳥はそれを常態化し続けるといつか水草が足に絡まり、本当に大空へ羽ばたけなくなってしまう。「あの人が自分の人生を説いてくれれば良かったものを、自分に人生を選択させたから自分の人生は妙に拗れてしまった。」と繰り言を言う場面もある。繰り返される不幸と幽かな希望の中で偶然的に葉蔵の人生が破滅していくのではなく必然的に葉蔵自身が破滅していくのだと思った。しかし、その誘因は何か、と問われると、「汚れきった世間なのだ。」と私は答えるだろう。
 「恥の多い生涯。」「人間、失格。」作中多く出てくる陰鬱な言葉達。それらは何を意味するのか。
 確かに葉蔵の人生はお世辞にも幸せとは言い難い。恥と言うべきものも多々あった。しかし、葉蔵は恥を恥だと認め、恥じることが出来る。立派な人間にしか成し得ないことだ。葉蔵、お得意のお道化だって根本をたどれば、人を否定できない優しさから生まれたものだ。そんな男が人間失格ならば、人間合格な人はさぞ高飛車な人なのだろう。
  『人間失格』で描かれている葉蔵という人物は内面から創られているもので客観的に外面から見た葉蔵は割と凡庸だったのかもしれない。しかし、確かに言えることは私達の内側には葉蔵のように何か禍々しいもの(それを弱さという)があって、それを誤魔化したいと思ってしまう。(これもまた弱さだ)その弱さを全て解消する必要はない。その代わり、自覚して認めなくてはならない。太宰治は私に一人の人間の人生を使って教えた。その壮大で悲しすぎる生涯を考えると十五歳の私の悩みなどちっぽけなものなのだと気付き、恥ずかしさも込み上げてきた。
 「人生、まだまだ長い。ふんばれ!自分!」と前向きにもなれた。私は自分の人生というものが想像できない。けれど、不器用でも良いから自分らしく生きて、弱さや汚さも包み込んで無駄でない生涯にしていきたい。

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